Age27‐28

かの蛇

「回心の光,はたらきの決意」

自らの足で歩んでいるように思えたアウグスティヌスの道のりに、いつも“神の導き”があったという描写に促され、私もそれまでの経験を振り返りました。単に記憶を遡るだけでは、何も解らなかったでしょう。しかし、“運命の担い手”に向き合いながら日々祈る中で、次第に全体像が明らかになっていきました。

~アバ、天のお父さま。

自分をヘラクレスだと妄想したのは、誕生の折に臍の緒が首に巻きついたところからでした。

どんな苦難があっても、病に伏したあの少年の姿が、知らずに私を激励していました。

幼い頃に悪童だったのは、そこから優しい教師に叱られて改心するためでした。

遊びに興じながら討議の授業に存分に浸ったのは、のちの哲学探究のためでもありました。

帝釈天を参りに行ったのは、超越的存在への畏怖を知るためで、のちに美術館に向かったのも、この出掛ける習慣ゆえでした。

一転してストレスに晒されて病に陥ったのも、苦しみの祈りを体験するためであり、その後に異端から脱するための準備でした。

憩いとして買ったゲームでさえ、英雄を目指す青年への自己投影によって、その後の旅路に影響を与えるものでありました。

かの少女に出逢ったのは、のちに病を寛解させるための放浪の契機となるためでした。そして、古代エジプトは“象徴”でした。

抑圧の反動で膨張した自己顕示欲によって大怪我を負ったことで、腿の傷痕と共に、五体に恵まれている自覚が刻まれました。

大怪我の感傷につけ入られ異端に触れたことが、正統なキリスト教信仰への入り口でした。

異教の神々に魅入ったのは、本当に祈るべき相手が明瞭になるためであり、古代ギリシャにはじまる哲学への誘いでもあり、これもまた“象徴”でした。

妄想による放浪は、憧れの存在との再会ではなく、なるべき自分との出会いのための旅路でした。

私を異端から助け出し、治すべき病を露わにして導いたのは、かの日の帰路で眩い光として現れたあなたでした。

ゆったりと流れた療養の期間は、愛する人との残りわずかな時間を噛み締めるために与えられたものでした。

これまでに伴った痛みは、私自身がいかに素晴らしい賜物を、啓示として常に受けているかを理解するためのものでした。

哲学を学ぼうと思ったのは、それまでの経験に視野の狭さという要因を見たからであり、それは真理への入り口に立つことでした。

『告白』を読んで讃美を知ったのは、アウグスティヌスの半生に重なりを覚えたからで、それは恩寵に気づくための導きでした。

キリスト教思想という真理の到達点には、あなたが用意なされた道のりによって、至るべくして至ったのでした。

異端の人々は、「聖書には、自分にそっくりの人物が出てくる」という話をしていました。

神(への祈り)と格闘し、のちに腿の番に傷痕の残った私は、イスラエル民族の祖である、兄エサウの“踵”を掴んで産まれたヤコブのようです。

私がこの半生を過ごしたのは、この経験を振り返るなかで“第二のヤコブ”としての召しを覚えるためでした。

すべては、「私(人間)という銃(魂)の担い手(導き手)は、あなた(神)であった」ということを“経験的に証する召命ゆえ”だったのです。

このことを罪深く小さき私に示してくださり、感謝します。

引き続き聖霊さまの御声に、なおいっそう耳を澄ませます。

あなたとの間を大祭司として繋いでくださる、主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。~

「起こったことにこじつけをしているだけ」と言えば、それまで。しかし、人生に意味を見出そうとすることは、人生が意味を持つことそのものです。

世界の有りようがどうなっているかについて、聖書に基づいた哲学的探究を生涯続けようとしている私が、今、ただ一つ明らかに言えることは、「この世界で自らに起こる出来事に意味を見出したとき、人は、神を見る」ということ。

私は、読み手の皆さんに“信仰の押し付け”をしようというのではありません。ただ、「畳み掛けるように多くの出来事に見舞われた私が、その理由を神に求めた時に救われた」という事実をお伝えしたいのです。

ー ヘラクレスを自身の祖と信じて生まれ、ギリシャの哲人から学んでのち、エジプトのファラオともなった、踵を射られて絶命したアキレウスなる英雄に憧れたイスカンダルとは、いったい何者でしょうか ー

これまでの半生は、“天国にいるかと思えば、地獄のような体験をする”という繰り返しに思えます。

しかし、正確にはそうではない。恵みを受けている幸福を、試練によって噛み締め、味わっていたのです。

私の心には、恩寵に背を向けていた自身に対して、時として悪霊(あくれい)の干渉さえも善用された物語が、

「先立つ苦難が大きいほど、喜びもまた大きい。それは我々にとっても、我が子を想い、その立ち返りを切に願う御父にとっても」(宮谷宣史訳『告白録』の私的要約)

という偉大な教父の言葉通りだったことへの感謝がありました。

そのことを理解した時、神が「あくまでも我々の自由な意思決定で光に振り返ること」ができるよう、近影では時として悲劇に映ることさえも、全体として美しく調和されるように導いておられることへの感動を覚えるのです。

ここで、私が卒後一年の間に、イエスをキリスト(救い主)だと信じた契機を。

唯一なる神“のみ”を信じていた私は、「イエスを信じることを、本当に神様は要求なさっているのだろうか。そのこと(聖書の教え)は正しいのか」という疑問に、ずっとぶつかっていました。

そうした疑問を明かすべく、思索に充てた時間が半年を過ぎようとしたとき、父から、『旧約聖書物語』を貰いました。そうして、それを読んでいた時のこと。

「モーゼに率いられたイスラエルの民が不平をこぼすと、みよ、燃える蛇が放たれた。神は、モーゼに青銅の蛇を掲げさせ、それを見上げた民は噛まれた傷を癒された。これこそは、“イエスの十字架を見上げた者は、神に、その罪を赦される”ことの予表ではなかったか」(犬養道子著『旧約聖書物語』の私的要約)

という旨の文章が飛び込んできました。

私は、ハッとしました。「これこそが、神が備えた救いの道の意味だったのだ」と。かの日に、教会で質問した“青銅の蛇”をきっかけに、私は、キリスト教が何たるか掴んだ。

さらには、そもそも、あの時、“青銅の蛇”について尋ねた本当の理由が分かったのです。それは、私が、(1)祈りとの苦闘 (2)大怪我による傷心 (3)精神病の根源 という「人生の大きな転換点で関わったR国際病院が掲げる、十字架に巻きつく蛇のシンボルマークが、聖書の物語に基づくことをかつて調べていたから」だったのです。そのことを、目まぐるしい精神の混濁によって、すっかり忘れていた。しかし、あのマークは、私の奥底に深く刻まれていました。だからこそ尚のこと、神に祈りながらキリストのことを日々尋ねていた私には、「イエスが救い主である」ことが、神の備えた救いなのだと確信するのです。

以上が、“決定的回心”のエピソード。

さて、

私は、母との不条理に思える死別から、「こんなことが起こるなら、神などいるものか」とは考えなかった。むしろ、「あの善良な母をお救いください」と日々、祈り続けています。

聖書に書かれた救いの道は「“福音の三要素”を信じる」こと。それ以外のことは、書かれていません。信徒は、越権行為をするでなく、黙すべきです。

しかし、聖書全体のメッセージは、“唯一の神が完璧なお方である”という事実。

「どんな時でも、全能者が最善に導かれる」という希望から、寂しさが和らぐのを感じます。このことが、どんなに心強いことか。

皆さんが、「どうして、こんなことが起こるんだ」と人生に絶望したとき、宗派云々を細かく考えて躊躇うより先に、立ち塞がった困難の意味を、祈りによって尋ねることを試してみていただきたいです。

我々は、“しるし”を求める。“信じなければ見えないもの”を、「見えないから信じない」と言う。

でも、ここまでのお話で少しでも動かされたという人がいたら、騙されたと思って、“問いかけの祈り”を辛抱強く続けてみてほしいです。そうすれば、必ず何かわかることがあるはず。「その答えを、誰の手によって得たのか」という理解は、あくまでも皆さんの祈りの内に委ねます。

私は、自身に与えられた左脚の印と共に、不可解であり美しくもある人生の道のりを愉しみながら、これからも“神の甲冑を身に纏い”進みたい。

<この記録は、“新登録”を折り返しとする冒険の軌跡であり、信仰と苦闘した『信闘録』であります。>

誰もが歩む険しい道のりの途上には、じつは、いつも祝福が伴っています。

 

*注17

ーかのトマス・アクィナスは「哲学は神学の侍女である」と語った。哲学は神学を助けるという意味ではなるほど、その通り。しかし、私としては「神学は哲学の礎」と思う。私については哲学なしに聖書に至ることはあり得なかった。『マラキ書』は旧約と新約を繋ぐが、哲学と神学の関係は「旧約なくして新約なく、新約なくして旧約なし」という聖書の関係に似ているように思われる。哲学が「もしそれ自体で完結してしまうならば“空しい”」ところなど、じつによく似ているではないか。神の御手によって、私の哲学は神学に「続いた(繋がった)」。では、私が神への信仰に目覚めるきっかけ-あの“苦の祈り”の時代-までには、どのような経緯があったのだろうー

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